作品内容
数字を見る仕事をしています。
画面に並ぶ数字が、次にどちらへ動くか。
判断するための根拠をそろえたとしても、
最終的に自分の責任でなくては、後悔がつきまといます。
なので、最後はいつも、勘です。
些細な変化に気づけることが、私の唯一の取り柄でした。
誰も気づかない歪みに、私だけが気づく。
敏感なことは、才能のうちかもしれません。
そのかわり、気づかなくていいことにも、ぜんぶ気づいてしまう。
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私は、「ホワイトベア」という集まりに入っていました。
検査の成績が、上位2%に入ると招待される、オンラインのクラブです。
名前の由来は、古い心理実験なんだといいます。
――シロクマのことだけは、考えないでください。
そう言われた被験者は、シロクマのことしか考えられなくなる。
つまりあそこは、
「考えるな」が効かない脳を持って生まれた人間の、収容所です。
招待が届いた日は、嬉しかった。
生まれて初めて、この気質が肯定的に認められた気がしたから。
でも、入ってわかりました。
全員が、気づく側でした。
私の唯一の取り柄は、あの中では当たり前のことで、
正解を言っても、誰の目にも留まらない。
雑談チャンネルで気の利いたことを書いても、
三分後には、もっと気の利いた返信がつく。
有能の中に置かれた有能は、ただの、無色なのです。
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ひとつだけ、あのクラブの好きなところがあります。
自慰の話を、誰も茶化さないんです。
「セックスは地球と繋がり、オナニーは宇宙と繋がる。」
雑談チャンネルで繰り広げられる、幸福な絶頂のための議論。
宇宙にもっとも近い私たちは、空間の関係で折り返された本棚の前に立っています。
特別な空間で勃起しあって、不毛だとわかっている議論を、紅茶にこすりつけている。
「シロクマを消せないなら、落とす先を用意すればいい」
その言葉が、「今日はここまで」の合図でした。
★
その棚で、少し前から流行っている音源がありました。
『退廃的乳首オーガズム』
作ったのは、会員のひとりだそうです。
気になったので、個人あてに話しかけてみました。
乳首が弱いこと、未解決の気持ち、お互いの、普段の自慰のこと……。
気が合って、親しくなれそうでした。
「普通の人は、ただのよくわからない音にしか聞こえないんだ。
粒が細かすぎて、感度が追いつかないから」
……つまり、これで気持ちよくなれること自体が、選別なんです。
私は、ダウンロードのボタンを押しました。
好きになった人が作った音に、イカされてみたかったからです。
★
イヤホンを耳につけて、正座をします。
本当に、声もない。
私の頭は最初、必死に音のパターンを探していました。
いつもの癖です。規則性を見つけて、先回りしようとする。
でも、”チリチリ”の音に気が散って、それができない。
予測が外れるたび、レコードに針を落として、
曲がまだ始まらない状態が、乳首に伝わり続けている。
チリチリ…、チリチリ…。
数字に神経質になっているときの自分と、同じ音がしているんじゃないか。
予測が外れ続けている怒りを補正していくかのように、
乳首の反応が「快」の信号を発してしまう……。
服の上から、深爪気味の丸い爪で、
チリチリのとおりに、なぞっていきます。
「ぁ…、…あ……」
答え合わせを、身体が先に終わらせてしまうから、
頭の仕事が、なくなっていく。
この音は、濡れることと、賢いことが、同じ意味になっているんだ。
「…かはぁ…、んっ…」
乳首をいじりながら、地球にいることを恥じている。
私はいま、なにも、考えていない。
口から言葉を出すことに集中していると、
いつまでもイクことができない。
この音が私に伝えていることは、なんだろうか。
そうだ、宇宙から降ろされた鎖に繋がれて、
私はそのもとで、素晴らしい日々を送ることができているんだ。
自分以外が抱えている、喜び、争い、幸福……。
喪失の悲しみを生んだ源を思う瞬間、体中が神経質になって、
粒子状の絶頂に、しがみついてしまう。
涙を流しながら、何度も、何度も……。


