【RJ01680635】退廃的乳首オーガズム ~ 乳首を狙う超微細バイノーラルノイズ ~

作品内容

数字を見る仕事をしています。

画面に並ぶ数字が、次にどちらへ動くか。

判断するための根拠をそろえたとしても、

最終的に自分の責任でなくては、後悔がつきまといます。

なので、最後はいつも、勘です。

些細な変化に気づけることが、私の唯一の取り柄でした。

誰も気づかない歪みに、私だけが気づく。

敏感なことは、才能のうちかもしれません。

そのかわり、気づかなくていいことにも、ぜんぶ気づいてしまう。

私は、「ホワイトベア」という集まりに入っていました。

検査の成績が、上位2%に入ると招待される、オンラインのクラブです。

名前の由来は、古い心理実験なんだといいます。

――シロクマのことだけは、考えないでください。

そう言われた被験者は、シロクマのことしか考えられなくなる。

つまりあそこは、

「考えるな」が効かない脳を持って生まれた人間の、収容所です。

招待が届いた日は、嬉しかった。

生まれて初めて、この気質が肯定的に認められた気がしたから。

でも、入ってわかりました。

全員が、気づく側でした。

私の唯一の取り柄は、あの中では当たり前のことで、

正解を言っても、誰の目にも留まらない。

雑談チャンネルで気の利いたことを書いても、

三分後には、もっと気の利いた返信がつく。

有能の中に置かれた有能は、ただの、無色なのです。

ひとつだけ、あのクラブの好きなところがあります。

自慰の話を、誰も茶化さないんです。

「セックスは地球と繋がり、オナニーは宇宙と繋がる。」

雑談チャンネルで繰り広げられる、幸福な絶頂のための議論。

宇宙にもっとも近い私たちは、空間の関係で折り返された本棚の前に立っています。

特別な空間で勃起しあって、不毛だとわかっている議論を、紅茶にこすりつけている。

「シロクマを消せないなら、落とす先を用意すればいい」

その言葉が、「今日はここまで」の合図でした。

その棚で、少し前から流行っている音源がありました。

『退廃的乳首オーガズム』

作ったのは、会員のひとりだそうです。

気になったので、個人あてに話しかけてみました。

乳首が弱いこと、未解決の気持ち、お互いの、普段の自慰のこと……。

気が合って、親しくなれそうでした。

「普通の人は、ただのよくわからない音にしか聞こえないんだ。
粒が細かすぎて、感度が追いつかないから」

……つまり、これで気持ちよくなれること自体が、選別なんです。

私は、ダウンロードのボタンを押しました。

好きになった人が作った音に、イカされてみたかったからです。

イヤホンを耳につけて、正座をします。

本当に、声もない。

私の頭は最初、必死に音のパターンを探していました。

いつもの癖です。規則性を見つけて、先回りしようとする。

でも、”チリチリ”の音に気が散って、それができない。

予測が外れるたび、レコードに針を落として、

曲がまだ始まらない状態が、乳首に伝わり続けている。

チリチリ…、チリチリ…。

数字に神経質になっているときの自分と、同じ音がしているんじゃないか。

予測が外れ続けている怒りを補正していくかのように、

乳首の反応が「快」の信号を発してしまう……。

服の上から、深爪気味の丸い爪で、

チリチリのとおりに、なぞっていきます。

「ぁ…、…あ……」

答え合わせを、身体が先に終わらせてしまうから、

頭の仕事が、なくなっていく。

この音は、濡れることと、賢いことが、同じ意味になっているんだ。

「…かはぁ…、んっ…」

乳首をいじりながら、地球にいることを恥じている。

私はいま、なにも、考えていない。

口から言葉を出すことに集中していると、

いつまでもイクことができない。

この音が私に伝えていることは、なんだろうか。

そうだ、宇宙から降ろされた鎖に繋がれて、

私はそのもとで、素晴らしい日々を送ることができているんだ。

自分以外が抱えている、喜び、争い、幸福……。

喪失の悲しみを生んだ源を思う瞬間、体中が神経質になって、

粒子状の絶頂に、しがみついてしまう。

涙を流しながら、何度も、何度も……。